八王子市: 歴史
=== 中世 ===
北条氏照は城を築いた深沢山に、牛頭天王の8人の王子神である「八王子権現」を祀り、八王子城と名づけた。
この城名が市名の由来である。また、異説として日吉大社及びその神体山である八王子山と密接なつながりがある山王社が多摩地域に多く存在しており、深沢山にも元々山王社が建っていて八王子山とも称され、そこに城を築いたために八王子城と命名されたとする説もある(八王子城跡には現在も「山王台」と呼ばれる場所がある。また、日吉大社が祀る山王権現と八王子権現も密接なつながりがあるとされている)。
==== 安土桃山時代 ====
八王子城が豊臣秀吉の小田原征伐によって落城すると、この地方は後北条氏の旧領全域とともに徳川家康が転封された。交通の要衝であるため、江戸を甲州口から守るための軍事拠点としての役割も担った。
徳川家康が武田家の遺臣を召抱えて組織した八王子千人同心の根拠地となったのはそのためである。
江戸時代には関東各地の直轄領(御料)を支配する代官18人が駐在することとなり、武田家旧臣の大久保長安が代官頭を務めてこの地方の開発と甲州街道の整備にあたった。
その結果、八王子横山十五宿は甲州街道中で最大の宿場町として、また多摩地域の物資の集散地として栄えた。
==== 明治 ====
1889年(明治22年)町制施行し、(神奈川県南多摩郡八王子町)として始まり、後に神奈川県から東京府に編入した。
幕末の開国後、明治維新期以降は織物産業が繁栄し、江戸時代からの宿場町を中心に街も発展した。
特に生糸・絹織物については市内で産するだけでなく、遠くは群馬県や秩父地方、山梨県、長野県からも荷が集まり、輸出港である横浜に運ぶための中継地としても機能していた。
八王子と横浜を結ぶ神奈川往還は後に民俗史・郷土史研究者から「絹の道(シルクロード)」と呼ばれ、絹の道資料館はこうした歴史を伝える。
1911年(明治44年)2月1日、八王子の遊郭に警視庁病院が設置されることとなった。
1917年(大正6年)には、東京府内で東京市に次ぎ2番目に市制を施行した。1940年(昭和15年)12月1日に立川市が東京府時代最後の市制施行都市として市制に移行するまでは、東京多摩地域で唯一の「市」であった。2017年(平成29年)には市制施行100周年を迎えて様々な記念事業が行われた。
なお、八王子市が市制施行した当時の東京市は東京15区であり、現在の東京23区に属する地域のうち、豊多摩郡(現:渋谷区・中野区・杉並区、および新宿区の一部)、荏原郡(現:品川区・大田区・世田谷区・目黒区)、北豊島郡(現:豊島区・北区・荒川区・板橋区・練馬区)、南足立郡(現:足立区)、南葛飾郡(現:葛飾区・江戸川区、および墨田区の一部と江東区の一部)は東京市編入前であり郡制を敷いていた。
1946年(昭和21年)3月1日、八王子市役所などに昭和天皇の行幸(昭和天皇の戦後巡幸)があった。
1960年代以降は、伝統産業であった織物など繊維産業の衰退により、市の郊外には北八王子工業団地などの工業団地に企業誘致が進み、また宅地開発により多摩ニュータウンなどの大規模な住宅団地が建設された。
その後は都心のキャンパスが手狭になった上に工場等制限法で近隣での拡張が困難になった大学の移転が相次ぎ、学園都市と呼ばれるようになり、産学共同研究が盛んとなった。
市の西部の高尾山、陣馬山などの山々は観光地やハイキングコースとして人気があり、また中村雨紅の生誕地にある「夕やけ小やけふれあいの里」や、東京都内で初めての道の駅である「道の駅八王子滝山」なども行楽客を集めている。
2015年4月1日に中核市に指定された。これは東京都の市では唯一である。石森孝志八王子市長は「いずれ政令指定都市になることを目指す」としている。
2012年、東京都は八王子の繁華街である旭町、東町、寺町、中町、三崎町、南町ならび横山町を都迷惑防止条例に基づき、客引きやスカウトのみならず、それらを行うために待機する行為なども禁止する区域に指定した。
さらに2019年には同じ地区を暴力団排除条例に基づき、暴力団排除特別強化地域に指定。地域内では暴力団と飲食店等との間で、みかじめ料のやりとりや便宜供与などが禁止され、違反者は支払った側であっても懲役1年以下または罰金50万円以下の罰則が科される。
==== 行政区域の変遷(市町村制施行以後) ====
明治
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、横山町、新町、子安町、馬乗町、八日町、本町、寺町、大横町、上野町、八幡町、本郷町、小門町、八木町、久島町、千人町、元横山町、新横山町、元本郷町、元子安町、本郷村の区域を以って神奈川県南多摩郡八王子町が成立。
1893年(明治26年)4月1日 - 三多摩の東京府移管により、東京府南多摩郡八王子町となる。
大正
1917年(大正6年)9月1日 - 市制施行し、八王子市が発足(全国66番目、多摩地域では初)。
昭和
1941年(昭和16年)10月1日 - 小宮町を編入。
1943年(昭和18年)7月1日 - 東京都制施行に伴い、東京府八王子市から東京都八王子市に変更される。
1955年(昭和30年)4月1日 - 横山村、元八王子村、恩方村、川口村、加住村、由井村を編入。
1959年(昭和34年)4月1日 - 浅川町を編入。
1964年(昭和39年)8月1日 - 由木村を編入。
1971年(昭和46年)4月1日 - 高月町切欠を西多摩郡秋多町(現あきる野市)へ編入。同時に秋多町雨間の一部を編入。
平成
2002年(平成14年)1月1日 - 多摩市と境界変更。
2004年(平成16年)4月1日 - 町田市と境界変更。
2015年(平成27年)4月1日 - 中核市に移行。