松戸市: 歴史
=== 古代(前史) ===
松戸市域は古くから人が居住し、縄文時代の遺跡が多数見つかっているほか、河原塚古墳などの古墳も存在する。古代から近世まで下総国葛飾郡に属し、下総国府(現・市川市国府台)にほど近い地であったが、中世以前の松戸市域の記録はほとんど残っていない。
平安時代に書かれた『更級日記』に登場する「下総の国と武蔵との境にてある太井川といふが上の瀬、まつさとの渡りの津にとまりて」という記述が、松戸と思しき地名の初出である。松戸は、太日川(現・江戸川)において、浅瀬を人や馬が渡河できる場所すなわち「馬の港」を意味する馬津(うまつ)や渡船場の集落として生まれたようである。
江戸時代の市域は、天領、大名領、旗本領が入り組んだ近郊農村地域で、下総台地上は小金牧(中野牧)という放牧地(周辺集落の採草地を兼ねる)であった。
市内の松戸、小金および馬橋は水戸街道の宿場町となっていた。水戸と江戸の間に存在するため、徳川将軍家および水戸徳川家とのつながりが強く、将軍はしばしば小金牧で鷹狩りを楽しんだ。松戸神社には水戸藩の二代藩主だった徳川光圀(水戸黄門)ゆかりの銀杏の樹があり、松戸には水戸藩最後(11代)の藩主徳川昭武が建てた旧徳川家住宅松戸戸定邸(旧水戸藩主別邸、後の松戸徳川家本邸)がある。
水戸街道
- 松戸宿 - 小金宿 -
廃藩置県後の1878年、東葛飾郡役所が松戸駅(鉄道駅ではなく宿駅)に置かれた。松戸地区には国・県の出先機関が置かれ、行政上の拠点都市の性格を持っている。1896年に日本鉄道により現在の常磐線(東京・田端駅 - 水戸駅間)が開通。
1940年6月3日、逓信省航空局松戸飛行場が竣工。また飛行場を使用する中央航空機乗員養成所が開所。
1943年に東葛飾郡松戸町・高木村・馬橋村が新設合併し、松戸市が発足。1954年には旧小金町の大半を編入した。
諸説あるが、有力な説として
松戸一帯には後に小金牧が設置されるなど馬の飼育が盛んであった。そこで「馬の里」から「馬里(うまさと)」から「まさと」になり、変化して「まつど」になったといわれる。
松戸神社の伝承では、ヤマトタケルが従者とこの地で待ち合わせたところに祠を祀ったという故事から、「待つ里」→「まつど」→「松戸」と称される由縁になったという。
松戸は太日川(現・江戸川)の川べりにある宿場町であり、渡し舟を「待つ里」から「まつど」に転じたとも考えられる。
太日川を馬連れで渡河できる馬津(うまつ)が語源とする解釈もある。
1943年(昭和18年)4月1日 東葛飾郡松戸町・高木村・馬橋村が新設合併し、市制施行、松戸市となる。(千葉県では7番目)
1954年(昭和29年)10月15日 東葛市(現:柏市)より旧・東葛飾郡小金町の大半を編入。
1956年(昭和31年)4月1日 東葛飾郡沼南村(後の沼南町、現在の柏市)の一部を編入。
1982年(昭和57年)9月1日 防災行政無線設立開始。
1983年(昭和58年)3月23日 防災行政無線運用開始。
1999年(平成11年)10月1日 東葛飾郡沼南町と境界変更。
2006年(平成18年)4月5日 防災行政無線の子どもたちの安全を呼びかける放送が開始される。