岐阜市: 歴史
=== 近代以前 ===
弥生時代・古墳時代
琴塚古墳など弥生時代後期を代表する大規模な古墳が見られる。
飛鳥時代
老洞・朝倉須恵器窯跡など須恵器の製造が行われた窯跡が発見されるなど、窯業が盛んだったことが分かる。
戦国時代
「岐阜を制する者は、日本を制する」と言われるように、日本の中部に位置する岐阜は、日本を統一する人によって都合が良い立地の地域で、
200年以上、有力守護大名である七頭の土岐氏による支配下にあったが、家臣の斎藤道三が反乱を起こし、1542年に美濃国統一。稲葉山の山頂に稲葉山城を築城し、城下町「井ノ口」を整備。美濃国から全国統一への展望を思い描いた。
また同じころ、隣国尾張国で急成長する織田信長と斎藤道三の娘である濃姫が政略結婚し、周辺諸国の大名に対し、強力な軍事同盟を誇示した。
しかし、16世紀半ばとなると、斎藤義龍によるクーデターで斎藤道三は倒されたが、間もなく斎藤義龍も病死してしまい、斎藤氏は衰退する。
その機に乗じて、織田信長が美濃攻略に成功し、織田信長により支配される。
1567年に織田信長は仏教の僧侶と相談した後に、「井ノ口」の地名を、中国の伝説上の皇帝である炎帝が本拠としたとされる岐山と孔子の生誕地である曲阜から文字を取り「岐阜」と改名した。その際に稲葉山の名称も「金華山」と改名し今日に至る。
岐阜の経済はこのころ、織田信長の拡大する勢力の中心に位置していたため、大きく成長した。
また、商工業者・芸能者の営業販売の独占を行っていた「座」を撤廃して、市民が自由に経済活動のできる「楽市楽座」を実施。
ポルトガルのイエズス会宣教師ルイス・フロイスによると、当時の岐阜城下は「賑やかなバビロニア」と表現されるほど栄えた。
江戸時代
江戸時代になると、江戸幕府は江戸までの街道を整備し、五街道の1つである中山道が確立された。
一国一城令により岐阜城は廃城とされ、新たに築城された加納城の城下町に加納宿が設置し、美濃国最大の宿場町となり、岐阜和傘などの伝統工芸品が製造される。また、大河である長良川の手前にも河渡宿が設置され、川を渡る人々が往来や滞在をして繁栄した。
明治時代・大正時代
1889年(明治22年)7月1日 - 市制施行。人口2万5,750人、面積10km2。
1891年(明治24年)10月28日 - 濃尾地震。死者245名、負傷者1,260名、家屋全半壊3,993戸、全半焼2,343戸。市域の約37%を焼失する。
1909年(明治42年)8月27日 - 岐阜市章制定。
1917年(大正6年) - 現住人口:53,781名。
昭和時代
1936年(昭和11年)3月25日から5月15日まで岐阜公園と長良川畔で、戦前の国内では最後期の博覧会「躍進日本大博覧会」が開催された。
1945年(昭和20年)
7月9日 - 岐阜空襲。死者863名、負傷者520名、焼失戸数2万426戸。
9月27日 - 市内にアメリカ軍第25歩兵師団が進駐。
1946年(昭和21年)
7月25日 - 岐阜刑務所内で受刑者300人が食糧事情の改善などを求めて騒擾。7人が脱走し、4人が逮捕。
10月24日 - 昭和天皇が岐阜市役所などに行幸(昭和天皇の戦後巡幸の一環)。
1957年(昭和32年)4月8日 - 昭和天皇、香淳皇后が市内に行幸啓。翌日にかけて岐阜県農事試験場などを視察。
1966年(昭和41年)2月1日 - 新市庁舎(3代目庁舎)が今沢町に完成。
1973年(昭和48年)
3月27日 - 岐阜市民憲章制定。
7月7日 - 柳ヶ瀬のキャバレーから出火し大火。
1978年(昭和53年)2月8日 - イタリアのフィレンツェ市と姉妹都市提携を結ぶ。
1979年(昭和54年)
2月11日 - 中華人民共和国 浙江省の杭州市と友好都市提携を結ぶ。
3月15日 - 市制90周年を記念し「岐阜市民の歌」を制定。
1982年(昭和57年)2月22日 - ブラジル サンパウロ州のカンピーナス市と姉妹都市提携を結ぶ。
1988年(昭和63年)5月11日 - アメリカ合衆国 オハイオ州のシンシナティ市と姉妹都市提携を結ぶ。
7月8日から9月18日まで長良福光で、地方博の「ぎふ中部未来博」が開催された。来場者数は407万人。
平成時代
1994年(平成6年)3月22日 - オーストリアのウィーン市マイドリング区(12区)と姉妹都市提携を結ぶ。
1996年(平成8年)4月1日 - 中核市に指定される。
2007年(平成19年)5月28日 - カナダ オンタリオ州のサンダーベイ市と姉妹都市提携を結ぶ。
2015年(平成27年)7月18日 - みんなの森 ぎふメディアコスモス開館。
2017年(平成29年) - 『岐阜市信長公450プロジェクト』(織田信長の岐阜入城・岐阜命名450周年記念事業)を1年間にわたって開催。
令和時代
2021年(令和3年)5月3日 - 岐阜市司町地内に新庁舎(4代目)が開庁。
現在の市域はかつての方県郡、厚見郡の全域及び山県郡、各務郡、本巣郡、羽栗郡の一部にあたる。
1889年(明治22年)7月1日 - 厚見郡岐阜町・小熊村・今泉村・稲束村・富茂登村および上加納村の北半分が合併し市制施行する。
1903年(明治36年)4月1日 - 稲葉郡上加納村を編入。
1931年(昭和6年)4月1日 - 稲葉郡本荘村・日野村を編入。
1932年(昭和7年)7月1日 - 稲葉郡長良村を編入。
1934年(昭和9年)12月5日 - 稲葉郡島村を編入。
1935年(昭和10年)6月15日 - 稲葉郡三里村・鷺山村を編入。
1940年(昭和15年)
2月11日 - 稲葉郡加納町・則武村を編入。
7月1日 - 稲葉郡南長森村・北長森村・木田村・常磐村を編入。
1949年(昭和24年)7月1日 - 山県郡岩野田村を編入。
1950年(昭和25年)
8月20日 - 稲葉郡黒野村・方県村・茜部村・鶉村・市橋村、本巣郡七郷村・西郷村を編入。
12月10日 - 稲葉郡岩村を編入。
1955年(昭和30年)2月11日 - 稲葉郡鏡島村・厚見村を編入。
1958年(昭和33年)4月1日 - 稲葉郡日置江村・芥見村を編入。
1959年(昭和34年)4月1日 - 本巣郡合渡村を編入。
1961年(昭和36年)4月1日 - 山県郡三輪村を編入。
1963年(昭和38年)4月1日 - 本巣郡網代村を編入。
1969年(昭和44年)2月1日 - 本巣郡本巣町(現・本巣市)大字外山の一部(伊洞地区)を編入。
1974年(昭和49年)4月1日 - 羽島郡笠松町桜町、羽衣町の一部と境界変更。
1989年(平成元年)6月1日 - 本巣郡北方町と境界変更。
1998年(平成10年)10月1日 - 武儀郡武芸川町(現・関市)との境界確定。
1999年(平成11年)9月1日 - 山県郡高富町(現・山県市)と境界変更。
2006年(平成18年)1月1日 - 羽島郡柳津町を編入。