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北区 (東京都): 歴史

北区 (東京都): 歴史

=== 区の沿革 ===
1889年(明治22年)5月1日、町村制施行により東京府北豊島郡岩淵町・王子村・滝野川村が発足。
1908年(明治41年)8月8日、王子村が町制を施行して王子町となる。
1913年(大正2年)10月1日、滝野川村が町制を施行して滝野川町となる。
1932年(昭和7年)10月1日 上記3町が東京市に編入され、岩淵町と王子町の区域をもって王子区、滝野川町の区域をもって滝野川区が発足。
1943年(昭和18年)7月1日 東京都制施行で東京都王子区・滝野川区となる。
1947年(昭和22年)3月15日 王子区・滝野川区の合併で北区が発足。
1954年(昭和29年)7月20日 - 豊島区との境界を変更。
1955年(昭和30年)4月1日 - 荒川区との境界を変更。

1952年(昭和27年)7月1日 紋章制定。「北」の字を図案化して、円形に翼形を付し、力強くダイナミックで飛躍する北区の将来を表徴する、という。1952年7月1日告示第44号。
1996年(平成8年)4月3日 コミュニケーションマーク制定。北区側によれば、「さくら」の花びらで北区のイニシャル「K」をデザインしたもので、「花いっぱいの北区」をイメージした。北区のイメージを明るいさくら色に転換させるものである。また輪のつながりは「交通」のネットワーク、そして区民、企業、区を訪れる人々と区のコミュニケーションや交流を表し、さらに、さくらの開花は、春の生命の息吹、「誕生」や出発をイメージさせる。なお、「さくら」「K」とも世界中の人々にわかりやすく、国際的なデザインといえる、という。当区内の駅などに積極的に用いられている。

北区のうた(作詞:井関謙、作曲:團伊玖磨)
1990年(平成2年)1月28日 に23区中22番目の区歌として制定された。
この曲にあわせて軽度の運動をする北区オリジナルの健康体操として「北区さくら体操」が2003年(平成15年)に公開され、北Qチャンネルでは連日放送されている(2026年現在)。

王子区・滝野川区の合併した新区の名称については、「城北区」「京北区」「飛鳥山区」「赤羽区」「武蔵野区」「田端区」「十条区」「王龍区」「龍王区」、また瑞祥地名として「桜区」「紅葉区」「花園区」などが候補としてあげられていた。中でも「飛鳥山区」は大きな支持を受けていたが、読みが難解であるという議論が上がりより簡潔で平易な方角地名に帰した。

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Quelle: Text: Wikipedia – „北区 (東京都)“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Masato OTA, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons