越谷市: 歴史
=== 略史 ===
縄文時代中期・縄文海進の頃は海となっていたが、縄文時代末期から弥生時代にかけて市域の陸地化が始まった。見田方遺跡の存在からも分かるように、越谷の市域では遅くとも古墳時代後期(6世紀頃)には人が定住を始めていた。
越谷市の市域のうち、元荒川の右岸の地域は古来より武蔵国埼玉郡に属す。平安時代の長久・寛徳年間(1040年 - )、野与党の一族、古志賀谷二郎為基や大相模二郎能高が定住、野与党の氏神久伊豆神社を祀ったと伝えられる。元荒川の左岸の地域は戦国期までは下総国葛飾郡下河辺荘のうち新方庄に属する地域で、一帯は南北朝期までは藤原秀郷の子孫である下野国小山氏の一門、下河辺氏によって開発された八条院領の寄進系荘園であった。
慶長17年(1612年)以前には、現・元荒川の左岸の地域は、既に、下総国葛飾郡から武蔵国埼西郡(埼玉郡)に編入されていた。
江戸時代には、日光街道の宿場・越ヶ谷宿として栄えた。寛永2年(1625年)に三野宮・大道・大竹・恩間が岩槻藩領になり、寛文2年(1662年)以降、見田方・南百・千疋・四条・麦塚・柿ノ木が東方忍藩領になる。あとの地域はいわゆる「天領」であり、関東郡代の支配地域であった。
旧越ヶ谷町が1936年(昭和11年)に発足させた、一般住民を対象とした日本初の健康保険制度「越ヶ谷順正会」は、1938年(昭和13年)の国民健康保険法(旧法)施行よりも早く発足している。このため、越谷市は「越ヶ谷順正会」を「国民健康保険の発祥」と称しており、国民健康保険法施行10周年を記念して、1948年(昭和23年)には「越ヶ谷順正会」を顕彰する「相扶共済の石碑」が、市役所の敷地内に立てられている。
町の財政建て直しと滞納税を一掃するために、有志が無尽講を設立した。そして病気が貧困の大きな原因となっていることから、その無尽講の利益で設立された。当時、勤労者を対象とした健康保険制度はあったが、農漁業、自営業者を対象とした健康保険制度はまだ無かった。
1997年(平成9年)3月28日、「越ヶ谷順正会関連資料」が、市指定有形文化財(歴史資料)に指定された。
==== 越谷町成立前 ====
1602年(慶長7年):日光街道越ヶ谷宿が取り立てられる。
1604年(慶長9年):徳川家康が越ヶ谷御殿を造成。
1657年(明暦3年):明暦の大火により江戸城が焼失。越ヶ谷御殿が将軍の仮殿として江戸城二の丸に移される。
1869年(明治2年)1月28日 (旧暦):武蔵知県事・宮原忠治の管轄区域をもって大宮県が発足(県庁は日本橋馬喰町)。ほか市域では岩槻県・忍県・六浦県・小菅県に属した村もあり。
1869年(明治2年)9月29日 (旧暦):県庁が浦和に移転し、大宮県から浦和県に改称。
1871年(明治4年)11月14日 (旧暦):浦和県・忍県・岩槻県の3県が合併して埼玉県が誕生。
1897年(明治30年)12月11日:合資会社鈴木銀行が越ヶ谷町に設立。
1898年(明治31年)11月29日:越谷貯蓄銀行が越ヶ谷町に設立。
1899年(明治32年)8月27日:東武伊勢崎線が開通。越ヶ谷駅(現・北越谷駅)が大沢町に、蒲生駅が蒲生村に開業。
1908年(明治41年):埼玉鴨場が開設。
1913年(大正2年):越ヶ谷町・大沢町に電灯線が引かれる。
1919年(大正8年)11月20日:大沢町に所在した越ヶ谷駅が武州大沢駅に改称。
1920年(大正9年)4月17日:伊勢崎線越ヶ谷駅(現・越谷駅)が越ヶ谷町に開設。
1926年(大正15年)10月1日:伊勢崎線大袋駅が大袋村に開業。
1954年(昭和29年)11月3日:越ヶ谷町・大沢町・新方村・桜井村・大袋村・荻島村・出羽村・蒲生村・大相模村・増林村の2町8村が合併し、越谷町となる。人口は4万4595人。
1955年(昭和30年)11月3日:草加町から旧川柳村の一部にあたる井原、麦塚、上谷が境界を変えて越谷町に編入される。
1956年(昭和31年)12月1日:越ヶ谷駅が越谷駅、武州大沢駅が北越谷駅に改称。
1958年(昭和33年)
9月:狩野川台風の接近による豪雨により、町内各所で浸水被害。
11月3日:市制施行により、越谷市となる。市制施行は全国で543番目、埼玉県で22番目で、人口は4万8318人。
1960年(昭和35年)9月:人口が5万人を突破。
1965年(昭和40年)10月1日:埼玉県東部清掃組合(現・東埼玉資源環境組合)が発足。
1967年(昭和42年)
4月15日:伊勢崎線せんげん台駅が開設。
10月:人口が10万人を突破。
12月26日:国道4号線草加バイパスが開通。
1969年(昭和44年)5月:埼玉県越谷保健所が開設。
1971年(昭和46年)6月:市の人口が15万人を突破。
1972年(昭和47年)8月:戦後初の花火大会を開催。
1973年(昭和48年)4月1日:国鉄武蔵野線が開通。南越谷駅が開業。
1974年(昭和49年)7月23日:伊勢崎線新越谷駅が開設。武蔵野線南越谷駅との乗換駅となる。
1976年(昭和51年)
1月:越谷市立病院が開院。
9月:人口が20万人を突破。
1977年(昭和52年)4月:越谷春日部バイパスが開通。
1978年(昭和53年)11月3日:市制施行20周年。市民憲章、市の木、市の花、市歌「越谷市の歌」が制定される。
1979年(昭和54年)6月
6月15日:越谷サンシティが開業。
6月30日:しらこばと水上公園が開園。
1980年(昭和55年)4月:獨協埼玉高等学校が開校。
1982年(昭和57年)9月 - 台風第18号接近に伴う豪雨で市内各所で浸水する被害。
1985年(昭和60年)
5月:人口が25万人を突破。
8月24日:第1回南越谷阿波踊りが開催。
1988年(昭和63年)11月3日:市制施行30周年。シラコバトが市の鳥に制定される。
1989年(平成元年)8月30日:越谷駅西口が開設。
1992年(平成4年)4月 越谷市中央市民会館が開館 …