Heimatgeschichte · Kasugai ·

春日井市: 歴史

春日井市: 歴史

=== 古代 ===
原始の姿
今から500万年から200万年前、春日井は東海湖と呼ばれる湖の底にあり、現在の地形になったのは6000年前から1万年前になる。

春日井のあけぼの
4500年前土器が作られる。現存する春日井市の縄文遺跡の中で、土器を出土するものは篠木遺跡が知られている。
2000年前庄内川沿いで米づくりが始まる。
1800年前銅鐸が使われる。銅鐸はその当時の集落で祭りに使う宝物のようなものだといわれている。
1400年前の6世紀初め頃に味美二子山古墳が誕生したと言われている。
古墳時代から奈良時代
5世紀頃になり、勢力を持った族長が現れ、味美一帯に多くの古墳が造られた。中でも6世紀初めごろに造られた二子山古墳は全長94mの前方後円墳であり、県内でも5本の指に入る規模である。
1400年前下原で焼きものが作られる。春日部郡となる。条里制の村ができる。
奈良時代から平安時代
723年(養老7年)円福寺が創建される。
752年(天平勝宝4年)春日部荘成立。
894年(寛平6年)小野道風誕生。
927年(延長5年)延喜式神名式に内津神社が記載される。
933年(承平3年)高蔵寺が創建される。

1264年(弘長4年)地蔵寺が創建される。
1328年(天暦元年)密蔵院が創建される。
1486年(文明18年)泰岳寺が出来る。
1489年(延徳元年)林昌寺の鐘が造られる。
1494年(明応3年)「十五の森」の伝説にある悲劇が起こる。
1584年(天正12年)小牧・長久手の戦いが起こる。
江戸時代初めの頃の春日井市の西半分ほどは、春日井原と呼ばれ人の住めない荒野になっていた。春日井原に最も早く人が住み着いたのは、朝宮というところで、ここには昔から和爾清水と呼ばれる泉があり。人々はこの湧き水を利用して水田を開いた。これが現在の春日井市の起源である、春日井原開墾の始まりであるといわれている。

1603年(慶長8年)検地が行われた。
1623年(元和9年)名古屋・小牧・犬山を結ぶ稲城街道(上街道)が、春日井原の西に開通し交通の便が良くなった。
1633年(寛永10年)入鹿用水ができる。
1637年(寛永14年)坂下新町ができる。
1644年(寛永21年)退休寺が創建される。
1664年(寛文4年)新木津用水ができる。
1669年(寛文9年)高貝用水ができる。
1672年(寛文12年)春日井原新田、小川彦右衛門神明社が出来る。
1716年(享保元年)下街道が旅人で賑わう。
1729年(享保14年)玉野用水ができる。

1871年(明治4年)春日井一揆が起こる。
1900年(明治33年)春日井で初めて鉄道が開通され、名古屋から多治見までの中央線の一部が庄内川にそって敷かれ、勝川駅と高蔵寺駅が造られた。
1927年(昭和2年)鳥居松駅(現在の春日井駅)が造られる。
1938年(昭和13年)名古屋第一工学校(現中部大学第一高等学校)の設置認可。三浦学園が創立される。創立者は三浦幸平。
1943年(昭和18年)6月1日 - 東春日井郡勝川町、鳥居松村、篠木村、鷹来村が合併し市制施行。これは、陸軍造兵廠の鳥居松製造所、鷹来製造所、鷹来製造所西山分廠を効率的に運用するために実施された。
1944年(昭和19年)市庁舎が現鳥居松町5丁目に移転。
1945年(昭和20年)3月11日 - 春日井市立工業学校(現在の愛知県立春日井高等学校)設立。
1945年(昭和20年)3月25日 鳥居松・鷹来両工廠が、空襲により被害を受ける。

1946年(昭和21年)農業の振興のため、農業試験場を設置する。
1952年(昭和27年)県道名古屋長野線が国道19号へ昇格。
1953年(昭和28年)人口が5万人を超える。
1954年(昭和29年)小野道風誕生地が県の文化遺産に指定される。
1955年(昭和30年)市立老人ホームを開設する。
1956年(昭和31年)国鉄・名鉄バスの市内線が開通する。
1958年(昭和33年)01月01日 - 東春日井郡坂下町および高蔵寺町を編入。
1960年(昭和35年)市庁舎が鳥居松工廠跡より現鳥居松町5丁目に移転された。
1962年(昭和37年)春日井市が「交通安全都市」を宣言する。
1963年(昭和38年)春日井市が「明るく正しい選挙都市」を宣言する。二級国道155号名古屋環状線が制定。
1963年(昭和38年)人口が10万人を超える。
1964年(昭和39年)衛生プラントが完成する。
1964年(昭和39年)中部工業大学(現在の中部大学)が開学。初代学長は三浦幸平。
1966年(昭和41年)市立市民会館が完成する。潮見坂平和公園に墓地の移転を開始する。「明るく育つ青少年都市」を宣言する。高蔵寺ニュータウンの住宅建設を開始する。
1967年(昭和42年)緑化都市を宣言する。
1968年(昭和43年)高蔵寺ニュータウンに1510戸が完成し、6月から第1次入居が開始される。産業会館が開館する。
1969年(昭和44年)人口が15万人を超える。じんかい焼却場に90トンの焼却炉が完成する。児童・交通遺児手当の支給を開始する。
1970年(昭和45年)交通児童遊園、老人福祉センターがオープン。国道19号内津トンネルが開通。消防署西出張所が開所。
1971年(昭和46年)公共下水道事業に着手する。春日井市立図書館が移転する。
1972年(昭和47年)遺児手当、養老年金の支給を開始する。梅村義一に春日井市名誉市民の称号が贈られる。
1973年(昭和48年)市政施行30周年を迎え、各種記念行事を行った。市土地開発公社が発足する。乳児・心身障害者の医療費を無料化する。
1974年(昭和49年)総合検診車すこやか号がお目見えになる。消防庁舎が梅々坪町へ移転する。人口が20万人を超える。
1975年(昭和50年)高蔵寺コミュニティ・センター、知多公民館、勤労福祉社会館を開館する。市基本構想を策定する。就床者特別給付金制度を新設する。
1976年(昭和51年)勝西浄化センター、清掃事務所が開所される。市民プールがオープンする。不要品活用銀行を開設する。
1977年(昭和52年)第1回春日井まつり、第1回市民納涼まつりが開催される。
1978年(昭和53年)市制施行35周年を迎える。「春日井市民の誓い」、市民歌「わがまち春日井」を制定する。生け垣設置奨励補助制度が新設される。市内循環バスが開始される。消防署東出張所が開所される。
1979年(昭和54年)国際児童年「子供のつどい」を開催する。第1回クイーン春日井コンテストを開催する。サイクリングロード(八田川・内津川)が開設される。
1980年(昭和55年)鷹来公民館が開館される。緑のマスタープランを策定する。救急医療情報システムが開始する。総合福祉センター(老人・障害者センター)がオープンする。
1981年(昭和56年)カナダ・ケロウナ市と姉妹都市提携がされる。春日井市民球場がオープンされる。消防署北出張所が開所される。春日井市道風記念館が開館する。
1982年(昭和57年)市民文化センターに美術棟がオープンする。春日井市少年自然の家が開所する。坂下公民館が開館される。人口が25万人を超える。
1983年(昭和58年)市制施行が40周年を迎える。第1回新春マラソン大会が開催される。東部市民センターがオープンされる。高校総体ホッケー大会を開催する。
1984年(昭和59年)国道19号バイパスが坂下町から内津口まで開通する。新東谷橋が開通する。デイ・サービスセンターが開設される。春日井市総合計画が改定される。
1985年(昭和60年)高蔵寺地下道が開通する。消防署南出張所が開所する。平日夜間緊急医制が開始される。
1986年(昭和61年)市道柏原線が全線開通する。総合体育館がオープンする。
1987年(昭和62年)味美ふれあいセンターがオープンする。住民情報システムが稼働される。
1988年(昭和63年)愛知環状鉄道が開業する。高蔵寺ふれあいセンターがオープンする。市制施行45周年を迎える。
1989年(平成元年)公立春日井小牧看護専門学校が開校される。落合公園が「日本の都市公園100選」に選定される。
1990年(平成2年)「健康都市」を宣言する。新市庁舎をオープンする。丹羽兵助氏に名誉市民の称号が贈られる。
1991年(平成3年)姉妹都市提携が10 …

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Quelle: Text: Wikipedia – „春日井市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Kiyok, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons