目黒区: 歴史
原始、古墳時代
東山貝塚遺跡:23区内の3大貝塚の一つ。旧石器時代から古墳時代の遺跡が重層的に発見されており、氷期、縄文海進期、古代海退期と超長期的に利用された場所である。縄文時代の遺跡は区内に数多い。
古代
武蔵国荏原郡に属す。
9世紀ごろ大鳥神社、目黒不動、法眼寺が建てられる。
横山党目黒氏の荘園「菅刈荘」であったと伝えられる(目黒高校近辺が居館であったという伝承がある)。
中世
区内に鎌倉道幹線が整備された。
後北条氏勢力下となってからは、吉良氏の所領となった。
近世
江戸時代には孟宗竹の産地であり、現在の目黒区南部、品川区境で採れる筍は名産品であった。
近・現代
1874年(明治7年)1月12日 - 八雲小学校設置。
1889年(明治22年) - ヱビスビール造場が完成・醸造開始。
1907年(明治40年) - 目黒競馬場開設。
1927年(昭和2年)8月28日 - 東急東横線開通。
1933年(昭和8年) - 目黒競馬場廃止。
1945年(昭和20年)4月・5月 - 空襲により全焼家屋1万戸以上。
1958年(昭和33年)9月 - 狩野川台風により1人死亡、家屋被害6,109件。
1994年(平成6年) - 防衛庁移転計画に基づき統合幕僚学校・三自衛隊の幹部学校が移駐、目黒駐屯地として開設。
区の沿革
1868年 武蔵知県事管轄地となる。
1869年(明治2年) - 品川県の一部となる。
1871年(明治4年) - 東京府の一部となる。
1889年(明治22年)5月1日 - 荏原郡三田村、上目黒村、中目黒村、下目黒村が目黒村に、碑文谷村、衾村が碑衾村になる。
1922年(大正11年)12月1日 - 荏原郡目黒村が荏原郡目黒町になる。
1927年(昭和2年)4月1日 - 荏原郡碑衾村が荏原郡碑衾町になる。
1932年(昭和7年)10月1日 - 目黒町と碑衾町が東京市に編入、2町の区域をもって東京市目黒区となる。
1936年(昭和11年) - 区役所を中央町二丁目に移転。
1942年(昭和17年)5月7日 - 目黒区緑ヶ丘と世田谷区玉川奥沢一丁目の境界を変更。
1980年(昭和55年)9月20日 - 区歌「めぐろ・みんなの歌」を制定。
1981年(昭和51年)8月1日 - 防災行政無線運用開始。
2003年(平成15年)
1月6日 - 区役所を上目黒二丁目に移転。
7月1日 - 目黒区ポイ捨てなどのないまちをみんなでつくる条例施行。