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津市: 歴史

津市: 歴史

=== 近世以前 ===
「津」とは、「船舶の碇泊する所。ふなつき。港」の意味である。古くは安濃津として文献にも記される良港であり、平安京にとって重要な港だったことから単に「津」とも呼ばれていた。しかし明応7年(1498年)の明応地震(東海地震)に伴う地盤の上昇と津波のため、港は崩壊した。
津藩藤堂氏の城下町として栄え、ポルトガル人やスペイン人の衣装を模した仮装行列を起源とし、後には「朝鮮通信使」などの影響も受けたとされる「唐人おどり」が伝承され(現在、三重県の無形民俗文化財である。)、毎年秋に行われる津まつりで披露されている。
江戸時代には伊勢参りの宿場町としても栄え、伊勢音頭の歌詞に「伊勢は津でもつ 津は伊勢でもつ 尾張名古屋は城でもつ」と歌われるほどの活況を呈した。
国学者の谷川士清(たにがわ・ことすが)の生家が中心街の西方の旧道沿いの八町という町並みにある。

1870年(明治3年)9月18日 - 伊勢の海が溢れる(高潮?)。安濃津市内の家々が漂流して溺れる者数百人。
1871年(明治4年)に安濃津県が設置され、現在の津市内に県庁舎が置かれたが、翌1872年(明治5年)には県庁舎が当時の県中央に近い三重郡四日市町(現:四日市市)に移転し、三重県と改称した。翌1873年(明治6年)に再び県庁舎は津に戻されたが、県名は三重県のまま戻されなかったため、県名と県庁所在地名が一致しなくなった。その後、度会県との合併によって津は三重県中央部に位置するようになった。
1918年(大正7年)8月15日 - 米騒動(1918年米騒動)が発生。数百人の群衆が米穀店や豪商宅を襲撃、放火。米穀取引所への放火は周囲に延焼して33戸が全焼。津警察ほか、陸軍歩兵第51連隊が出動して鎮静化。
1945年(昭和20年)7月24日、7月28日 - 津大空襲発生、死者1,239人。第二次世界大戦末期にアメリカ軍のB-29による大規模な空襲を受け、旧市街の全域及び橋北地区の工場地帯が焼失。この空襲では宝塚歌劇団在団中より歌手として活躍、その年の春結婚退団し、当市内の夫の家で生活していた糸井しだれも犠牲となった。
1955年(昭和30年)7月28日 - 橋北中学校水難事件が発生。
1959年(昭和34年)9月26日 - 伊勢湾台風により多大なる被害が出る。
1964年(昭和39年) - 市制75周年を記念し「津市民歌」および「津音頭」を制定。
1975年(昭和50年)10月27日 - 第30回国民体育大会に出席するために昭和天皇、香淳皇后が来県。県庁、護国神社などに行幸啓。
2007年(平成19年)4月15日 - 午後0時19分の三重県中部地震で津市内では島崎町、河芸町浜田、芸濃町椋本、美里町三郷、安濃町東観音寺で震度5弱、片田薬王寺町、西丸之内、久居東鷹跡町、香良洲町、一志町田尻、白山町川口で震度4を観測した。
2009年(平成21年)2月1日 - 新市民歌「このまちが好きさ」を制定。
2020年(令和2年) - 新型コロナウイルス感染症拡大に伴い学校の臨時休校が始まる。翌年の予定されていた国体開会式の会場を総合文化センターに変更するも、後日中止となった。
2024年(令和6年)8月29日 - 台風10号の接近に伴う集中豪雨により、市内の道路が冠水したほか浸水家屋9棟。

1889年(明治22年)4月1日 - 市制の施行により、安濃郡津城下・伊予町・岩田村・津興村・八幡町および下部田村の一部・乙部村の一部・塔世村の一部・古河村の一部・藤方村の一部・奄芸郡大部田村の区域をもって津市が発足。
1909年(明治42年)4月1日 - 安濃郡建部村(現在の乙部・中河原)・塔世村(現在の相生町・愛宕町)を編入。
1934年(昭和9年)6月1日 - 安濃郡新町を編入。
1936年(昭和11年)3月1日 - 安濃郡藤水村を編入。
1939年(昭和14年)7月1日 - 一志郡高茶屋村を編入。
1943年(昭和18年)8月31日 - 安濃郡安東村・神戸村・櫛形村を編入。
1952年(昭和27年)6月15日 - 一志郡雲出村を編入。
1954年(昭和29年)1月15日 - 河芸郡一身田町を編入。
1954年(昭和29年)8月1日 - 河芸郡白塚町・栗真村・安濃郡片田村を編入。
1973年(昭和48年)2月1日 - 安芸郡豊里村を編入。
2006年(平成18年)1月1日 - 久居市・安芸郡河芸町・芸濃町・美里村・安濃町・一志郡香良洲町・一志町・白山町・美杉村と合併し、改めて津市が発足。これに伴い、安芸郡及び一志郡が消滅した。

== 行政 ==
津市の設置・管理する公共施設は約800か所に及び、ホール10か所、公民館53か所など同じ機能を持つ施設が重複しており、維持管理費がかさんでいる。

市長:前葉泰幸
任期:2011年(平成23年)4月25日就任 4期目
副市長:野口正

合併直前の2006年(平成18年)1月1日時点の(旧)津市の人口は約16万人であり、日本全国の都道府県庁所在地の中で最少だった。ただし、人口密度は1626人/㎢で県内最大であった。

「このまちが好きさ」

いわゆる平成の大合併時に新しい「津市」にふさわしい歌を公募のうえ2009年(平成21年)2月1日に制定。
作詞・作曲 : 村田幸一(津市在住)

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Quelle: Text: Wikipedia – „津市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Carkuni (talk), Public domain – Wikimedia Commons