長岡市: 歴史
長岡市に編入合併した旧市町村の歴史については、各旧市町村のページを参照。
縄文時代
中期
火焔型土器が作られる。
=== 明治時代 ===
1869年(明治2年)
5月1日 長岡藩が四郎丸村の昌福寺に国漢学校の仮校舎を開校。
6月22日 版籍奉還し、藩主の牧野忠毅が長岡藩知事になる。
1870年(明治3年)
5月 長岡藩に支藩の三根山藩から100俵の救援米(米百俵)が送られる。
6月15日 三根山藩から送られた米を売却して得た資金などをもとに、国漢学校を昌福寺から坂ノ上町(当時の表記)に移設。洋学局と医学局を新設。
10月22日 廃藩置県に1年先立ち牧野忠毅が藩知事を辞任。長岡藩は廃藩となり、柏崎県に編入される。
1871年(明治4年)5月 長岡藩の廃藩により国漢学校が柏崎県に移管され、分黌長岡小学校となる。
1872年(明治5年)11月23日 坂ノ上町(当時の表記)に長岡洋学校(現新潟県立長岡高等学校)開校。
1873年(明治6年)
6月 坂ノ上町に長岡会社病院(長岡赤十字病院の前身)が開院。
6月10日 柏崎県が廃止され、新潟県に合併。
1876年(明治9年)10月20日 信濃川最初の有料橋として木製の長生橋が完成。
1878年(明治11年) 三島億二郎、岸宇吉らによって第六十九国立銀行が設立される。
1879年(明治12年)
士族や有志により長岡城跡が整地され、城跡公園となる。
郡区町村編制法により、越後国古志郡の領域は新潟県古志郡の管轄となり、長岡町の国漢学校跡に古志郡役所が置かれた。初代郡長は三島億二郎。
1884年(明治17年)4月4日 太平洋戦争初期の連合艦隊司令長官となる山本五十六が、現在記念公園となっている長岡市内の生家で産まれる。
1888年(明治21年)4月 小坂松五郎が北越石油会社を設立。東山油田の開発が始まる。これによって新潟は秋田と並び石油・天然ガスの国内参出地となる。
1891年(明治24年)12月19日 長生橋の所有が県に移り、無賃橋となる。
1892年(明治25年)6月23日 松田周平、小坂松五郎、殖栗順平、山田又七が長岡鉄管会社を設立。
1893年(明治26年) 山田又七、殖栗順平らが宝田石油株式会社を設立。
1894年(明治27年)長岡鉄管会社により、東山油田(浦瀬)と中島の精油所を結ぶ送油用パイプライン完成。
1898年(明治31年)
6月16日 北越鉄道(現信越本線)が一ノ木戸 - 長岡間延伸し、長岡停車場(長岡駅)開業。
12月27日 北越鉄道が長岡 - 北条間延伸。
1899年(明治32年)10月 反町新作商店(現:岡三にいがた証券)が創業。
1903年(明治36年)5月1日 長岡町大字新町(現新町1丁目)に古志郡立長岡高等女学校(現新潟県立長岡大手高等学校)開校。
1906年(明治39年)
4月1日 市制施行。
12月 長岡郵便局内に電話交換局を設置、長岡市内に電話開通。
1907年(明治40年)4月27日 田村文四郎、覚張治平らが稲わらを原料としたボール紙の生産を目的として北越製紙(現北越コーポレーション)を設立。
1908年(明治41年)4月 古志郡上組村大字宮内に古志郡立上組農学校(現新潟県立長岡農業高等学校)開校。
1909年(明治42年)4月1日 中蒲原郡村松町から長岡市東千手町(現南町)に新潟県立工業学校(現新潟県立長岡工業高等学校)が移設。
1910年(明治43年)4月 長岡市立長岡商業学校(現新潟県立長岡商業高等学校)開校。
1915年(大正4年)
2月14日 栃尾鉄道の浦瀬 - 栃尾間が開通。
6月5日 栃尾鉄道の下長岡 - 浦瀬間が開通。
11月28日 二代目の長生橋が完成。当時、木製の橋としては日本一の長さの約872.73メートル。
1916年(大正5年)
1月5日 長岡鉄道の西長岡 - 与板間が開通。
9月9日 栃尾鉄道の長岡 - 下長岡間が開通。
1917年(大正6年)5月20日 長岡開府三百年祭が行なわれる。
1918年(大正7年)
6月8日 互尊文庫会館開館式。
8月17日 市内で米騒動(1918年米騒動)が発生。群衆が米穀商を襲撃したほか、豪商の川上佐太郎別邸に放火して全焼させた。
1919年(大正8年)5月24日 悠久山公園完成。
1920年(大正9年)
4月22日 市役所が移転。
11月1日 上越北線の宮内 - 東小千谷間が開業。
1921年(大正10年)
7月11日 鉄筋コンクリート造の長岡市役所2代目庁舎が完成。
10月 宝田石油が日本石油と合併、本社跡地と10万円を長岡市に寄付。本社跡地を宝田公園とする。
11月18日 長岡鉄道の来迎寺 - 西長岡間が開通し全通。
1924年(大正13年)
4月 四郎丸町(現学校町)に長岡高等工業学校(現新潟大学工学部)開校。
5月1日 栃尾鉄道の長岡 - 悠久山間が開通し全通。
1926年(大正15年)
古志郡役所廃止。
4月1日 市制20周年を記念し「長岡市歌」を制定。
8月 大野甚松が長岡市に公会堂を寄付。
9月14日 中川繁治により、長岡大花火大会で初めて正三尺玉が打ち上げられる。
戦前
1927年(昭和2年)10月27日 関原地震が発生、マグニチュード5.2。負傷者2人、家屋半壊23戸。
1931年(昭和6年)
7月11日 長岡操車場が開業。
8月21日 上越線全線開通を記念して、上越線全通記念博覧会が開催される。
9月1日 上越線(宮内 - 高崎)が全通。
1934年(昭和9年)2月 工業の強化を目的とした「長岡市工業5ヵ年計画」をまとめる。
1936年(昭和11年)12月31日 馬高遺跡で火焔土器が発掘される。
1937年(昭和12年)
6月11日 ヘレン・ケラー、長岡聾唖学校を訪問。
10月20日 三代目の長生橋(鋼橋)が完成。
1942年(昭和17年) 東大新江用水路の完成。
1945年(昭和20年)8月1日 長岡空襲により市中心部被災。空襲被害では甲信越地方で最大規模。
戦後 …