富士市: 歴史
富士市は交通の要衝であり、東海道の宿であり中道往還や村山道(近世後期に成立)の起点でもある吉原宿が位置していた。
一方で常に水害に見舞われてきた地でもあり、吉原宿は近世に複数回の移転を強いられた。これらの水害は往古からの現象であり、例えば武田信玄が駿河侵攻の最中に現在の富士市域に至った際の記録として『甲陽軍鑑』に「がわなりじま(川成島)に御陣をとり給ふ 一夜の内に大水いで 信玄公の諸勢 道具を津なみにひかれ候」とある。このように、一夜の在陣も許されぬ程の荒れ地であった。
歴史の中で富士市を舞台とする芸能も成立し、能「生贄」は富士市を舞台とし、幸若舞「十番切」は富士市の場面を含むものである。能「生贄」の謡曲はアーサー・ウェイリーによって英訳され、20世紀前半には既に海外に紹介されている。
富士市における民俗学のトピックとして、三股淵の人身御供の伝承が頻繁に取り上げられる。全国に同様の伝承は少なからず存在するが、富士市の伝承は生贄が在地の者ではなく旅人であることが特徴として挙げられている。
例えば、以下のようなものである。
また阿字神社・六王子神社・護所神社が知られる。
1966年(昭和41年)に岳南地区(旧富士市、吉原市、富士郡鷹岡町)の産業を発展させるため、市民サービスを高めるために新設合併して誕生したのが現在の富士市である。2008年(平成20年)11月には庵原郡富士川町を編入合併した。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、現在の市域にあたる富士郡下横割村、上横割村、十兵衛村、水戸島村、森島村、森下村、蓼原村[大部分]、宮下村、五味島村[大部分]、平垣村、本市場村、本市場新田、松本村[大部分]、長通村、中島村、柚木村[大部分]、岩本村[一部]、松岡村[一部]、依田原新田[一部]、永田村[一部]、富士川新田[一部]、五貫島村[一部]、青島村[一部]が合併して加島村が発足。
1929年(昭和4年)8月1日 - 加島村が改称、町制を施行し富士町となる。
1954年(昭和29年)3月31日 - 富士町・田子浦村・岩松村が合併(新設合併)、市制を施行し(旧)富士市となる。
1964年(昭和39年)4月 - (旧)富士文化センター(1994年4月富士市民センターに改称)が(旧)富士市平垣(現・富士町)にオープンした。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、富士郡吉原宿が(旧)吉原町となる。
1899年(明治32年)10月7日 - 台風の集中豪雨により鈴川停車場(現 吉原駅)周辺が大規模冠水。
1940年(昭和15年)4月1日 - 吉原町が島田村を編入する。
1941年(昭和16年)4月3日 - 吉原町が伝法村を編入する。
1942年(昭和17年)6月14日 - 吉原町と今泉村が合併(新設合併)し、吉原町となる。
1948年(昭和23年)4月1日 - 吉原町が市制を施行し、(旧)吉原市となる。
1955年(昭和30年)
2月11日 - (旧)吉原市・元吉原村・須津村・吉永村・原田村が合併(新設合併)し、新たに吉原市となる。
4月1日 - 吉原市が大淵村を編入する。
4月29日 - 浮島村が駿東郡原町と合併(新設合併)し、新たに原町となる。
1956年(昭和31年)4月1日 - 吉原市が原町のうち浮島地区三地区を編入する。
1966年(昭和41年)9月24日、25日 - 昭和41年台風第24・26号の接近により、吉原海岸に防波堤を越える波浪が押し寄せ死者13人、負傷者64人の被害。
1933年(昭和8年)1月1日 - 鷹岡村が町制を施行し鷹岡町となる。
1901年(明治34年)1月25日 - 富士川村が富士川町となる。
1957年(昭和32年)4月1日 - 富士川町が松野村を編入する。
1961年(昭和36年)8月 - 田子の浦港が開港。
1966年(昭和41年)11月1日 - (旧)富士市・吉原市・鷹岡町が合併(新設合併)し、新たに富士市となる。
1968年(昭和43年)4月25日 - 東名高速道路静岡IC - 富士ICが開通。
1969年(昭和44年)
3月31日 - 東名高速道路富士IC - 御殿場ICが開通。
5月26日 - 東名高速道路全線開通。
1970年(昭和45年)4月1日 - 富士市役所現在地に開設。
1971年(昭和46年)7月30日 - 岩手県岩手郡雫石町上空で発生した全日空機雫石衝突事故にて、乗客の多数を占めた吉原遺族会一行122名が犠牲になった。
1973年(昭和48年)6月17日 - 蓼原に(旧)富士市民プールがオープンする。
1979年(昭和54年)8月18日 - 集中豪雨により小潤井川、須津川、赤淵川が氾濫。775戸が床上・床下浸水。
1982年(昭和57年)4月2日 - 西富士道路開通。
1988年(昭和63年)3月13日 - 東海道新幹線新富士駅が開業する。
1993年(平成5年)11月1日 - 富士市文化会館ロゼシアターオープン。
1994年(平成6年)3月31日 - 吉原市民会館閉鎖。跡地は吉原市民ひろばに。
1995年(平成7年)
9月15日 - (旧)富士市民プール閉鎖。跡地は、富士市中央公園の一部に。
10月4日 - (旧)静岡県製紙工業試験場跡地に、富士市立中央図書館が、今泉から移転オープン。
2001年(平成13年)4月1日 - 特例市となる。
2004年(平成16年)3月31日 - 富士市民センター閉鎖。
2005年(平成17年)- 富士コミュニティエフエム放送「Radio-f」が開局。
2008年(平成20年)
4月5日 - 富士市民センター跡地に、富士市交流プラザがオープン。同時に富士市立西図書館が移転。
4月19日 - 旧・大昭和製紙野球場跡に、富士市産業交流展示場(愛称:ふじさんめっせ)がオープン。
11月1日 - 富士川町を編入する。これにより、庵原郡は消滅。
2011年(平成23年)4月 - 富士市立高校(旧吉原商業高校)開校。
2012年(平成24年)4月14日 - 新東名高速道路開通。新富士IC供用開始。
2019年(令和元年)8月1日 - 富士町、本町、吉原二丁目、同三丁目、同四丁目が暴力団排除特別強化地域に指定。
2020年(令和2年)
1月31日 - ノーベル化学賞受賞の吉野彰氏へ富士市初の富士市民栄誉賞を贈呈。
10月 - 新環境クリーンセンター開業。
2024年(令和6年)3月6日 - 富士川かりがね橋開通。
2025年(令和7年)4月1日 - 富士市総合体育館「北里アリーナ富士」開館。