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佐世保市: 歴史

佐世保市: 歴史

現在の佐世保市中心部は、かつては隣接する相浦地域・早岐地域の郊外地であったが、明治時代に入り、東郷平八郎を乗せた軍艦二隻が調査の為に佐世保を訪れた事から軍港都市としての歴史は幕開けした。その後、旧海軍四軍港(横須賀・呉・佐世保・舞鶴)の一つとして鎮守府が置かれ、それ以降は海上防衛の拠点として発展していった。歴史的にも珍しい潜水空母である伊401は、佐世保工廠で建造された。また、当時世界最大の軍艦であった弩級戦艦大和級二番艦武蔵は、工事の為に一度だけ寄港した事がある。

==== 明治 ====

1871年(明治4年) - 廃藩置県の際、平戸藩(松浦藩)に代わる平戸県に属した。
1878年(明治11年)10月28日 - 郡区町村編制法施行。佐世保村は東彼杵郡の管轄下となる。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、現在の市域にあたる以下の村が発足。〔〕は合併を行った村。他は単独での村制施行。
東彼杵郡
佐世保村、日宇村、早岐村、広田村、折尾瀬村、江上村、崎針尾村、宮村
北松浦郡
山口村〔←山口村・新田村〕、中里村、皆瀬村、大野村、柚木村〔←柚木村・里美村〕、黒島村、世知原村、吉井村〔←吉田村・福井村〕、小佐々村、平村、神浦村、江迎村〔←長坂村・猪調村〕、鹿町村(ししまちむら)
1902年(明治35年)4月1日 - 佐世保村が市制施行し、佐世保市となる(当時の人口45,766人)。同日、佐世保村の北部(横尾免、山中免、熊ヶ倉免の各全域および折橋免のうち字山ノ田)を分離し、東彼杵郡佐世村が発足。

1923年(大正12年)4月1日 - 早岐村が町制施行し、早岐町となる。

1927年(昭和2年)4月1日
東彼杵郡佐世村、日宇村を佐世保市に編入。
広田村を早岐町に編入。
1930年(昭和5年)4月3日 - 山口村が町制施行し、相浦町となる。
1938年(昭和13年)4月1日 - 北松浦郡相浦町を佐世保市に編入。
1940年(昭和15年)
4月1日 - 江迎村が町制施行し、 江迎町となる。
4月17日 - 大野村が町制施行し、大野町となる。
11月3日 - 世知原村が町制施行し、世知原町となる。
1942年(昭和17年)5月27日 - 北松浦郡大野町、皆瀬村、中里村、および東彼杵郡早岐町を佐世保市に編入。
1947年(昭和22年)10月1日 - 鹿町村が町制施行し、鹿町町となる。
1949年(昭和24年)8月1日 - 平村が町制施行し、平町となる。
1950年(昭和25年)5月3日 - 小佐々村が町制施行し、小佐々町となる。
1951年(昭和26年)12月1日 - 吉井村が町制施行し、吉井町となる。
1954年(昭和29年)4月1日 - 北松浦郡柚木村、黒島村を佐世保市に編入。
1955年(昭和30年)
4月1日
東彼杵郡折尾瀬村、江上村、崎針尾村を佐世保市に編入。
平町と神浦村が対等合併し、宇久町が発足。
1958年(昭和33年)
8月1日 - 東彼杵郡宮村を佐世保市に編入。人口は約26万5千人、面積は約248平方kmとなる。
10月1日 - 鹿町町が「ししまちちょう」から「しかまちちょう」と改称。

2001年(平成13年)4月1日 - 特例市に移行。
2005年(平成17年)4月1日 - 北松浦郡吉井町、世知原町を佐世保市に編入し、人口約24万8千人・面積約307平方kmとなる。
2006年(平成18年)3月31日 - 北松浦郡小佐々町、宇久町を佐世保市に編入し、人口約25万8千人・面積約364平方kmとなる。
2010年(平成22年)3月31日 - 北松浦郡江迎町、鹿町町を佐世保市に編入。
2012年(平成24年)8月1日 - 合併地域に設置していた各行政センターを宇久を除き支所に再編。
2016年(平成28年)4月1日 - 中核市に移行。
2019年(平成31年)1月 - 佐世保市を連携中枢都市とした『西九州させぼ広域都市圏』を発足。

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Quelle: Text: Wikipedia – „佐世保市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: DVIDSHUB, Public domain – Wikimedia Commons