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上尾市: 歴史

上尾市: 歴史

当市域は中世まで農村地帯であったが用水の確保が困難なため、水田よりも麦などの畑作が行われていた。江戸時代に中山道整備の一環として上尾宿が置かれると、人口約1000人の宿場町ができた。上尾宿は街道沿いの宿場の中では規模が小さかった。この頃は水運が貨物輸送で有利だったため、江戸との運輸交通は荒川を利用した船が中心であり、船着場のあった平方が上尾宿より賑わい、人口も約1300人あった。
また、戦国時代から町ができていた原市も中山道の脇往還として機能していた。「原市」の由来は、中世末期に原村といわれていた吉野原村(2023年現在のさいたま市北区吉野町)から「宿」の部分が分離して「原宿」の名が生じ、後に月に2回の「市」が立った。この地域は天領・旗本領・寺社領・近隣の大名の所領が入り組んでいたが、江戸時代後期には上尾宿のための輸送負担を負う助郷としてまとまりが生まれてきた。

1883年(明治16年)に日本初の私鉄日本鉄道が開通し上尾駅が開業したことから、上尾町周辺が発展し始めた。一方、平方は荒川水運の衰退に伴って町としては停滞し、原市も上尾の繁栄から引き離された。後の当市を構成する町村は引き続き畑作中心の農村で、大正から1930年代までは養蚕も行われた。太平洋戦争時では上尾の地は戦争被害の対象にはならなかった。ただし当市を構成する町村全体では、大石村の畔吉地内で1945年(昭和20年)4月にB-29によるごく小規模な空爆が唯一あり、桑畑に大穴が複数開いた程度で人的被害はなかった。
1954年(昭和29年)3月には埼玉県の審議会により十ヶ町村(桶川町・加納村・川田谷村・大石村・上平村・上尾町・平方町・原市町・大谷村・伊奈村)との合併試案が示されたことにより、「上尾桶川地区町村合併研究会」が結成され、十ヶ町村合併を目標に合併を模索、同年度には合併後のほぼ中心地となる2023年現在の緑丘付近に新町役場の用地も取得した。しかし桶川町は歴史的理由および経済の中心地が上尾に移行することなどを危惧して合併に反対し東に隣接する加納村もそれに同調、桶川町は代替案に五ヶ町村(桶川町・加納村・川田谷村・大石村・上平村)合併を提示したが、大石村および上平村は村が分裂する恐れから十ヶ町村合併を支持した。桶川町、加納村は8月21日に十ヶ町村の合併試案に賛成し難い旨を示した後脱退、十ヶ町村合併はあえなく立ち消えとなった。同年9月に六ヶ町村(上尾町・大石村・大谷村・上平村・原市町・平方町)との合併に仕切り直し、同年12月7日六ヶ町村合併を議決した。この六ヶ町村合併も一筋縄ではいかず、桶川に近い大石地区と上平地区では上尾派と桶川派が激しく対立、同年12月14日の埼玉県庁五階議場で開かれた県町村合併審議会では両派陳情団がつかみ合いの乱闘となる混乱を見せ、桶川への編入を渇望して分町運動やそれに並行して反分町派である上尾派の動きがさらに活発化、特に事実上桶川の一部となっていた大石地区の井戸木では両派が衝突し、暴行傷害事件にまで発展し警察沙汰となるなど遺恨を残した。六ヶ町村のひとつの原市町も1954年(昭和29年)5月20日に大宮市への合併を申し入れていた時期があった。なお、六ヶ町村合併から外れた二村のひとつの川田谷村は1955年(昭和30年)1月27日の住民投票により桶川町との合併を議決し翌年3月10日に桶川町と合併、もう一つの伊奈村は合併には消極的であったが、市制施行後の1957年(昭和32年)3月に当市と伊奈町合併の知事勧告が出されたことにより1959年(昭和34年)10月に当市と編入合併が審議され、「協定書」も締結されたが、伊奈村の臨時村会で僅差で否決された。
20世紀後半には東京郊外の住宅地として発展し、1960年代からは条例を制定して積極的な工場誘致により工場も増えた。同時期に建設が始まった日本住宅公団(現:都市再生機構)の西上尾第一団地・同第二団地は埼玉県内有数の規模である。原市にも原市団地・尾山台団地が建設され、1960年から1980年までに人口は4倍へ増加した。人口の増加に伴い住宅都市としての性格が顕著となり、公園などの憩いの場や万一の災害時の避難地としての空間を要望する声が高まった。こうした背景から市の都市公園第一号である上尾公園を皮切りに、上尾丸山公園などの大規模な総合公園や街区公園などを次々と整備した。
中山道の通る高崎線東側に比べ西側は発展が遅れていたが、急速な宅地開発によって市街地は拡大し、子育て世代の若年人口が継続して流入した。最寄り駅(上尾駅)からバスで約20分という、田園地帯に建設された西上尾第一団地・第二団地にまで市街地が達し、2023年現在も土地区画整理事業や宅地造成が進められている。 …

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Quelle: Text: Wikipedia – „上尾市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Kinori, Public domain – Wikimedia Commons