恵那市: 歴史
=== 地名の由来と表記の変化 ===
山内和幸によると、「古代の中心地だった奈良から見て、遠く離れたこの地方は「鄙びた処」(ひなびたところ)=「鄙処」(ひなか)=「田舎」だった。やがて「ひな」がなまって「いな」「えな」に変化した」。古い史料には「恵奈」と表記されていた。
明治5年
5月 - 上飯羽間村、中飯羽間村、下飯羽間村、根上村が合併し飯羽間村となる。
8月 - 上村、島村、飯田洞村、小笹原村、横道村、木實村が合併し上村となる。
明治7年(1874年)9月
馬木村・馬坂村・高波村・峰山村・小杉村・落倉村・澤中村が合併して東方村となる。
日比野村が改称して苗木村となる。
明治8年(1875年)1月 - 以下の各村の統合が行われた。
大泉村 ← 小泉村、大船村
大田村 ← 上田村、田良子村、大栗村
杉野村 ← 門野村、杉平村
横通村 ← 颪村、柏尾村、岩竹村、安主村、土助村、才坂村
明治22年(1889年)7月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。
富田村、飯羽間村、上村(それぞれ単独村制)
岩村町(岩村町が単独町制)
馬場山田村、久保原村、上手向村(単独村制)
下原田村 ← 下村、漆原村、小田子村
明知町(明知村が単独町制)
串原村(単独村制)
三濃村 ← 横通村(現・恵那市)、野原村、浅谷村(現・愛知県豊田市)
阿妻村、大田村、吉良見村、大泉村、野志村、杉野村、東方村(それぞれ単独村制)
下手向村、釜屋村、原村、田代村(それぞれ単独村制)
三郷村 ← 佐々良木村、椋實村、野井村
竹折村、藤村(それぞれ単独村制)
長島村 ← 中野村、久須見村、正家村、永田村
大井村、東野村、毛呂窪村、姫栗村、中野方村(それぞれ単独村制)
明治23年(1890年)
12月27日 - 大井村が町制施行して大井町となる。
明治30年(1897年)
4月1日 - 以下の町村の統合が行われる。
竹折村 ← 藤村、竹折村(現・恵那市)
笠置村 ← 毛呂窪村、姫栗村、加茂郡河合村
吉田村 ← 大田村、阿妻村、吉良見村、大泉村
遠山村 ← 馬場山田村、久保原村、上手向村
鶴岡村 ← 下手向村、原村、釜屋村、田代村
明知町 ← 明知町、野志村、杉野村、東方村
本郷村 ← 富田村、飯羽間村
明治31年(1898年)12月14日 - 長島村が町制施行して長島町となる。
明治33年(1900年)5月24日 - 竹折村が改称して武並村となる。
明治38年(1905年)7月1日
明知町の一部(旧・東方村・杉野村・野志村)が分立して静波村が発足。
昭和23年(1948年)4月1日 - 加茂郡飯地村の所属郡が恵那郡に変更。
昭和29年(1954年)
4月1日
昭和29年(1954年)4月1日 恵那郡 大井町・長島町・飯地村・笠置村・武並村・中野方村・東野村・三郷村が新設合併により恵那市が発足。
7月1日 - 明知町・静波村が合併して明智町が発足。
9月10日 - 岩村町・本郷村が合併し、改めて岩村町が発足。
昭和30年(1955年)
3月1日 - 鶴岡村・遠山村が合併して山岡町が発足。
4月1日 - 三濃村の一部(横通)が明智町に、残部(浅谷・野原)が愛知県東加茂郡旭村に編入。
10月5日 - 吉田村が明智町に編入。
昭和31年(1956年)9月30日
上村・下原田村が合併して上矢作町が発足。
平成16年(2004年)10月25日 - 恵那郡 山岡町・明智町・岩村町・串原村・上矢作町が新設合併し、改めて恵那市となる。
=== 災害 ===
2023年(令和5年)6月3日 - 前日からの令和5年台風第2号の集中豪雨により19棟で床下浸水の被害。